カウンセリングについて考える(20)

(20) 人間の心についての理論学習とカウンセリングの技法の習熟

 カウンセラーとしての動機付けや人生経験の大切さについて、またカウンセリングの実際場面での見立てや診断の必要性について述べてきたが、ここでは改めて、カウンセリングには深くて広い臨床心理学の知識が必要なことや、単なるロジャーズ流の傾聴だけに留まらない技法、特に無意識内容を知るための夢やイメージを扱う技法や理論を学ぶ必要性に触れておきたい。

 人間の心の問題は、COの熱心な傾聴や人生経験の深さからだけでは、理解できない側面が多過ぎると、私は思う。だから既にふれた境界例の人の電話中毒のように、精神医学の知識なしでは理解できず、従って援助者として適切な対応も出来ないようなケースが次々に出てくるのである。

 ところがカウンセリングの勉強を始めようとする者にとって、カウンセリングには色々な流派(school)が余りにも多くて、選択に困るのである。それぞれの学派の創始者は、自分が直面した問題を何とか解決しようと努力する中から、その人なりの人格理論と解決法を編み出したのであろうが、結果的にこのように選択肢が多すぎる事態は、後から学ぶ者にとっては悩ましいことだ。多分、どの理論が正しく、どれが間違っているというようなことではあるまい。言うなれば、どの学派の理論や技法もそれぞれ正しいのである。丁度富士山に登るのに幾つもの登山道があるのと似ているのではなかろうか。そう考えるしかなかろう。

 しかしいずれにしても、あれもこれもという訳には行かない。取りあえずどれか一つ選ばなければならない。「二兎を追うもの一兎をも得ず」ということになりかねないからだ。そこで、最初は広く勉強する必要があろうが、やはりどこかの時点で、自分に最も合う学派を選んで、それに打ち込むのが最善かと思う。カウンセラーとしてのメインになる理論や技法が必要であると思う。私の場合はそれがユング心理学と夢分析であった。私は人間の心の深さと高さに目を凝らしたような理論や技法に心惹かれた。そして人間の心の深み、つまり無意識の声を聴くには、言語によるだけでは駄目で、どうしてもイメージ表現に頼らざるを得ないという思いが強く、夢や箱庭を取り入れる学派に親近感を持ったのである。目先の症状に焦点を当てて、その解消のみを目指すような理論や技法にはあまり魅力を感じなかった。勿論、それもそれなりに役立つことは確かなのではあるが。私が惹かれたのはたまたまユング心理学であり、その技法としての「夢分析」であったわけだが、この夢分析は私が自分やクライエントの心について考え、その悩みや問題を解決するために頼り続けてきた、いわば血肉化した「生きた」技法であった

 しかしそれにもかかわらず、自分が生きる上で、また色んなCLに接する仕事の上で、他の学派の理論や技法を取り入れ活用することに、決してやぶさかではなかったと思う。他の学派の理論や技法であっても、私を納得させかつ有効に役立つものならば、それも自由に拝借してきたのである。ロジャーズのクライエント中心療法も発達心理学も対象関係論も精神分析も内観療法も、私の中ではそれ相応の役割を果たしている。そのことで違和感を感じたことはない。つまり私はいわゆる「折衷派」なのである。自然にそうならざるを得なかったのである。このような折衷派のカウンセラーは結構多いのではないかと私は思っている。

 ただ、何度も繰り返すようだが、カウンセリングの中でCLを前にしたときは、傾聴だけが大切であって、理論や解釈は念頭にあってはならない。そんなものよりも、目の前のCLの言葉に集中していなければならないのである。

 

 

 

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