カウンセリングについて考える(17)

(17) 「投影的同一視」的な関わり方の危うさ

 カウンセリングでお会いするCLの中に、結婚の相手として、不幸で惨めな幼児期や子ども時代を送ってきた異性を選び、初めは何とかうまく行っているように見えるのだが、やがてお互いに不満が高じて、結局別れてしまった。しばらく一人でやっていたが、何故かまた家庭的に恵まれない生育歴の異性に心惹かれて、二度目の結婚をするのだが、これも最初の結婚と同じ経過を辿って、うまく行かなくなり、また別れてしまう――といった人がいるものである。

 さすがに二度目ともなれば、当事者であるCL自身も自分の対象選択のパターンに気付き、「何故か自分は不幸な生い立ちの人に惹かれるんですよ」と苦笑いしながら言うのだが、何故自分がそういう選択をしてしまうのかまではよく分からないようである。実はこのような対象選択の背後に働いているのが、「投影的同一視」と言われれる心理機制なのである。

 「投影的同一視」とは、相手の中に、自分と同じもの――この場合で言えば、自分と同じく幼いころから欠損した家庭環境に育ち、親の愛に恵まれなかった不幸――を見つけると、同じように不幸な子ども時代を過ごした自分をその人物に重ねて同一視してしまい、相手を労り、世話することによって、実は自分を労り癒そうとする無意識的な心の動きが働くことを指す言葉なのである。これは無意識的な心のプロセスであるだけに、本人にはその自覚がないのが特徴である。

 この「投影的同一視」も「響存」としての一つのあり方として、「愛」らしき形はとっているのだが、実際は相手の中にある自分を愛しているのであって、本当の意味での他者に対する愛ではない。人間は幼児期に貰えなかった愛の欠乏を自分で補給することは出来ない。この欠乏は他者から愛されることでしか満たされ得ないのである。だから幼児期に愛を貰えなかった二人の組み合わせでは、お互いに相手に愛を求めて止まないのである。しかし、欠乏しているが故に相手に求めている者が、相手に先ず与えようとしても、そんなことが出来るわけがない。こうして「投影的同一視」に基づく結合は早々に破綻してしまう。

 「投影的同一視」の関係に、当人同士が気が付いて、本当に相手に与える愛を築く努力をすれば、関係が持続することも可能であろうが、現実には難しいようである。

  実はこの「投影的同一視」は人間関係だけではなく、職業選択の際にもしばしば見られるものである。例えば、精神科医やカウンセラー、看護師や保育士など対人的援助や子どもの養育に携わる仕事を選ぶ人の中には、この「投影的同一視」の心理規制が働いていることがしばしば見受けられる。つまり、その職業の中で接する人々や子どもたちに自分の惨めで不幸だった過去の自分を重ねて、その人たちを癒すべく援助することによって、実は自分を癒そうと無意識的に努力するわけである。

 勿論、自分が以前このような職業の人に出会い、よくしてもらった時の有難さが忘れられず、自分もあのような援助者になりたいと思って、同じ職を選ぶという場合もあるだろう。ここにも一種の同一化が働いている。しかしこれは意識的なものである。「投影的同一視」では同種の不幸を無意識的に相手と重ねる点に特徴がある。

  ただ、職業選択における無意識的な部分は、十分意識化することが可能であって、自分の過去の不幸や傷を自ら癒す努力をすることで、仕事での対人関係に影響が及ぶことを防ぐことは出来るのである。対人的援助職に従事する者は、自分の過去の不幸や問題にきちんと直面して、それを超えていなければならない。

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