カウンセリングについて考える(15)

(15) 人格形成の持つ治癒力

 所で私は、人間の挫折を車の故障に例えてはなしたのだが、車が動かなくなったり、走り難くなるのは、今言った動力不足によるだけではない。ワイパーやブレーキやタイヤなど車体のあちこちの部品の不具合や故障によることも多い。技術的に車体全体の構造に問題がある場合もあるかも知れない。それと同じように人間も、その人格や性格の面で色々の偏りや欠陥があって、生き辛くなっている場合がある。それも最近そうなったと言うより、かなり以前からの問題を抱えているCLが多いのである。ここで、人間が生きる上で大切な「人格形成」の問題が浮上してくる。

 愛は人が生きて行く心の糧としてなくてはならないものだが、愛には「人格形成」という側面があることを忘れてはならない。例えば、母と子という愛情関係の中で、子どもは自分を愛してくれる大好きな母親の姿を心に刻み、自らも人をはぐくみ育てる心、つまり〈母性〉を、自分の中に「取り込む」のである。乳幼児期にこの母性的愛と養育を受け取ることの人格形成における重要性は周知のことだが、同じように、母親とは少し違った姿勢で自分を愛してくれる父親の心、つまり〈父性〉の「取り込み」もそれに劣らず重要である。このことは、また後程触れたいと思う。

 しかし人間は親子関係の他に、人生の経過とともに、きょうだい、友人、先輩、師弟、異性、夫婦、職場の同僚、隣人・・・など幾つもの人間関係をもち、それぞれに相応しい愛情を抱く。そしてそのそれぞれの愛情関係の中で、親子関係のときと同じように相手の美点や特徴を自分の中に取り込むのである。例えば青年期にはよく親友や尊敬する先輩に対してぞっこん「惚れ込む」ことがある。そしていつの間にか相手の一挙手一投足まで、真似ていたりする。しかしそこまで惚れ込んでこそ人間は変われるのである。そして自分が変わると、惚れ込みは自然消滅するものだ。要するに惚れ込み現象は人間の人格成長に必要なプロセスなのだ。

 しかし愛の関係の中で人間が変わるのは、このような「取り込み」のせいばかりではない。人間は愛し尊敬する相手に相応しい人間になるために、自分から努力して変わろうとする側面があることも忘れてはならない。例えば、恋愛関係にある二人は、お互いに相手に相応しい異性となるべく努力するし、また親になればば親らしく、上司になれば上司らしく、ありたいと思うのが普通である。――最近は何時までも子どもみたいな親やパワハラの上司が増えているのは困りものだが――。つまり、よく言われる「立場が人を育てる」ということだ。

  愛の関係にはこのような「取り込み」と「立場からくる自己変容」という二つの契機があるため、この二つを合わせると、人間における「人格形成」――心理学ではこれを「自己実現」とも呼んでいるが――という側面が出てくるのである。これは人間が生まれつき備えている可能性を自分の自我の中に順次取り入れ、心の全体性に向けて統合していく過程であると言えよう。ユング心理学ではこれを「個性化の過程」と呼んで特に重視し、これを自我の自発的な動きと言うよりは、自我の奥に在るより大きな存在であるセルフ(自己)の要請に人間が響き返すプロセスとして見るのである。私もそれに賛成するが、今はこれ以上立ち入らない。ただここでは、ユングの言うこの「セルフ」が、「響存」の提唱者である鈴木氏の言う“宇宙を貫いて響き渡る(per-sonare)”「空の大悲」に他ならないことを言っておきたい。

 そしてこのようにバランスのとれた全体性に向けての人格形成こそが、心の安定と積極性を生み出す原動力であることを指摘したいのである。ユングは全体性のシンボルであるマンダラについて論じる中で、「この方向の(全体性へ向けての)試みだけでも、すでに常に治療的効果がある」と述べている。カウンセリングの究極の目的も、そして人生そのものの目的も、そのような本来の自己になることだと言ってよい。

 ただ現実には、先ほどの比喩で言えば、バッテリーの充電やガソリンの補給で、とにかく車が動きさえすればそれで良しとして、カウンセリングが終了する場合が殆どであろう。自己実現や個性化の過程などを目指すことはまずないと思う。

 しかしうまく行ったカウンセリングでは、CLはCO以外にも良い出会いを経験し、これら複数の出会いや響き合いや取り入れの中で成長し、人間的に大きく変化・成長していく例がしばしば見られるのも事実である。CLの病理が重いほど、その癒しと変容はCO一人の力では生じない。また時機が熟さないといくら焦ってもどうにもならないこともある。CLが癒され、変容していくプロセスには、常識を超えた謎の部分があるような気がしてならない

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