カウンセリングについて考える(14)

(14) 治療構造に守られたCOの母性的愛情―CLの変容を促す根本の要因

 問題の真の姿と所在が分かれば、人間は自分で対処できるらしい、だから自己への気付きがカウンセリングでは重要であることを述べてきた。しかしこのような考え方は、人間の無意識的な認知の歪みが苦悩の源泉であって、その歪みに気付いてそれを修正すれば、人間の悩みは解決するという「認知行動療法」の考え方とも通じるものである。しかしこのような自分の言動の癖や盲点への気付きが問題解決につながるのは、問題の根が比較的浅い場合に限るのであって、深い病理からの派生物に過ぎない認知の歪みだけを焦点付けて正そうとしても、根っこにある病理を解消しない限り、認知の歪みは根絶できないだろう。

 例えば、CLの問題行動や症状の背景が、幼児期における母親の愛情や「情動調律」――声や表情や動作を通じて表出される幼児の感情や情動に対する母親の響き返し――の欠如、つまり母性的献身の欠如、にあるというような根の深いケースでは、単に言動や認知の歪みだけを取り上げても、問題の真の解決にはつながらない。そのような認知の歪みの基にある自己否定的な自信のなさを生み出した母性的献身の欠如そのものに目を向けざるを得ないのである。根っこにあるものを不問にして、いくらその派生問題に取り組んでも、本当の解決は得られないからである。そしてこの種の欠損問題に対しては、単に不足に「気付く」というだけでは駄目で、やはり「不足を補う」という作業がどうしても必要になるのだと思う

 しかし母性的愛の欠如を人生の後になって他人が補うなどということは、キューブラ・ロスのような心の容量が途方もなく大きい人でもない限り、不可能なことではないだろうか。そこでその代替として考えられたのが、COがCLとの間で濃くはないが長く安定した関係を続けることによって、CLの幼児期における欠損を補充することだったと思う。母親でない者が母親代わりに愛を注ぐには、入れ込み過ぎることもなければ遠ざかり過ぎることもない、暖かく安定した受容と共感の愛を、長期にわたって供給するしか術がないのである。そのために,COは会う場所と時間を決め、それ以外の場所と時間では会わないし、また、一定の料金を貰って、CLとの距離を保つのであろう。そうでないと、愛情に飢えたCLのCOに対する依存は制御し難いものになって治療関係そのものを壊しかねないのである。

 このような「治療構造」の大切さは、今ではこの仕事に関わる者の常識になっていると思うが、この治療構造の維持の本来の狙いが、「安定した愛の供給」と「COとCL双方を守る」にあることがともすれば忘れられているのではないだろうか。そして先ほど述べた、かつてCLと似た悩みの体験があり、今はそこを抜け出しているCOが持つ心の容量と愛は、このような「安定した愛の提供」に最も適しているのではないだろうか。

 車はバッテリーの電気が上がったり、ガソリンが切れたりして動かなくなると、それを補給しなければならないが、COのCLに示す好意と愛情は丁度この車のバッテリー充電やガソリン補給と似ている。ただ車の場合と違って、この補給は少々時間がかかるのである。

 ここでは母性の欠如が原因で悩む場合を取り上げたが、一見それと反対の母性過剰が多くの問題を引き起こすことにも、触れざるを得ない気がする。それはいわゆる過保護・過干渉の母親がもたらす養育上の問題である。「過ぎたるは及ばざるが如し」とはまさに名言であって、このタイプの母親は子どもの心に「呑み込む母」というネガテブなイメージを活性化し、子どもの自立を妨げるのである

 既に取り上げた不登校のF君の場合も、お母さんは頼りにならない弱い夫の代りに、家計を支えるべく身を粉にして働き、夫や子供たちを仕切るやり手の母親であった。こういう母のもとで不登校児は生まれやすい。こういう母親は子どもの心に、元型的な「グレイト・マザー」の否定面――つまり「呑み込む母」のイメージを活性化しやすいようである。F君はある時、「お母ちゃんが夜僕を殺しに来るような気がして、怖いんです」と言ったことがある。勿論現実の彼の母親はそんな人ではない。しかし子どもを仕切る過干渉の母親は、子どもの無意識に眠っていた「否定的なグレート・マザー」のイメージを呼び覚ましてしまい、そういう色眼鏡でしか母を見ることが出来なくなってしまうのである

次に示す夢も、不登校と閉じこもりを続けている25歳の女性が見たものである。 

 部屋の窓ガラスの外側に大きなクモがいる。怖くなった私は部屋から逃げようと出口に向かった。しかし出口の横の天井にも大きな蛇がとぐろを巻いていて、私は足がすくんで動けなくなる。

 大きなクモもとぐろを巻く大きな蛇も呑み込むグレート・マザーのシンボルである。こんなものが出口を塞いでいたのでは、このCLが家から出られなくなるのも無理はない。

 次の夢を見た青年は27歳の優秀な研究者の卵であった。 

大きな蛇に巻きつかれて殺されそうになって目が覚める

 この母親はやり手の典型的な過保護のタイプであった。その後この青年は首に縄を懸けて自殺を試みたが未遂に終わり、首に蛇のとぐろを思わせる縄目の跡を付けたまま私の前に現れて、私を驚かせた。夢は夢主の自殺未遂を予告していたとも言える。

 これらの夢主の母親はいずれも、主観的には子どものためを思う善意から、我が子の生き方を仕切るのだが、子どもの心には否定的なイメージを呼び覚ます結果に終わるのである。そして、このような子どもは容易に自立出来なくて、人生の出立が大幅に遅れて、苦しむのである

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