カウンセリングについて考える(7)

(7)見立て(診断)や解釈の必要

 さてCLは、自分の抱える悩みや問題の解決のためこのようなワークを、誰もいない部屋で一人でやれるかと言えば、それは絶対無理であろう。自分のことであるから、勿論CL自身あらゆる努力をした筈である。だがそれにもかかわらず、うまく行かないのである。だから援助を求めて来談した訳である。さてCOとしては、どうしてあげればよいのだろうか。

 間違いなく言えることは、ほとんどの場合,CL自身はその悩みや問題が本当は何なのかよく分っていないらしい、ということである。分かっていてもどうしようもないという手の悩みも勿論あろうが、多くの場合CLは、自分の心理的な問題や対人関係の行き詰まり、特に精神的な疾患については、自分でもよく分からない――つまり真実を把握しかねているというのが実情のようである

 CLの持ち込む問題には外因的な事件やトラブルのようなものもある。これはいわば災難ではあるが、そこにもよく見れば、本人の心理的な要因が隠されていることが多い。しかし本人はそれに気付いていないのである。

しかしCLと違って,COは出来れば初回か遅くとも2~3回までの面接の中で,CLの問題が何であるかについてある程度の大まかな「見立て」もしくは「診断」をしなくてはならない。キーブラ・ロスのような人でない限り、それなしではCOとして以後の面接を行うことが出来ない気がする。丁度、海で故障遭難した船を助けるべく乗り込んだ救助者が、遭難者同様にその船の故障個所や原因が分からないのでは、なんのお役にも立たないのと似ている。特にその故障のレベルが自分の対応できる程度のものか、それとも自分だけでは対処出来ない重大な故障か、つまりCLの訴えが健常なレベルのものか、病的水準のものかを見極めることが必要である。病的水準のケースは、

 ① 自我境界があいまいで、自他の区別がつかなくなっている

 ② 現実検討力の大幅な低下で、現実と非現実の区別がつかなくなる

 ③ その具体的な表れとして、妄想や幻聴・幻覚の存在

 ④ 強い抑うつ感やその反対の極端な気分高揚、またその交代

 ⑤ 時間や場所に関する見当識の喪失または混乱

 ⑥ 病識のなさ  etc.

 といった特徴があるので、大体分かるものである。神経症レベルならともかく、このような重いレベルのものに思えたら、精神科医にリファーし、必要とあれば、精神科医とのコンタクトの下でカウンセリングを行うべきであろう。

 そしてこれ程ではない、いわゆる神経症レベルの訴えであっても、その見立てをするには、臨床心理学的な知識や精神医学の知見がどうしても必要となってくる。しかしこの最初の見立ては、あくまでも暫定的なものであって、その後の面接経過の中で柔軟に修正されなければならない。若いカウンセラーは――臨床心理士の資格を持つ人が多いが――とかく理論や知識に縛られて心の現実が見えず、最初の見立てを誤り、しかもそれに固執する傾向があるので要注意である。この留意点を押さえた上で、心理学や精神医学の知識なしにはCLが理解できない場合があることについて、一つ例を挙げて説明しよう。

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