カウンセリングについて考える(4)

(4)「内観法」という心の修正体操

 私は呼吸法セラピーを受ける何年か前に、内観法というものを受け、ここでも劇的な体験をした。前の章では、自覚的に体験しながら、十分に吐き出せなかったり、味わい切れていなかったりする感情に焦点を当てたが、内観で体験するのは、当然感じるべきであるにもかかわらず、自分の我執に囚われているため感じられないでいた感情――即ち、自分が愛されていたことへの感謝の念と、愛に気付かず反抗と迷惑を掛けることばかりをしてきた自分に対する慙愧の念、である。     

 この内観法は純日本産の心理療法なので知らぬ人は少ないと思うが、私も当時まだご存命中であった創始者の吉本伊信先生のおられた大和郡山の内観研究所の門を叩いて、一週間の集中内観をさせて頂いたのである。丁度母親が亡くなったばかりの頃で心の中でしきりに動くものがあり、丁度いい機会だと思って、吉本先生の門を叩いたのである。

 私たち受講者は朝早く起きて部屋掃除をした後、六時から、日本間の四隅に屏風を折り曲げてしつらえた畳半畳の密閉空間の中に夜の九時まで閉じこもるのである。座布団の上に座って、ただひたすら自分を振り返る。両親、祖父母、兄弟、先生、上司・・・と自分がここまで生きる上で深く関わった人を一人ずつ順次取り上げ、時間と年代を適宜区切って、その人と自分との関係を思い出し、振り返って行く。そして一時間か二時間置きに尋ねてこられる吉本先生にその時間での反省内容を手短に報告するわけである。 

「何だ、そんなことか」と思われようが、内観法の特徴はその独特の反省の仕方にある。吉本先生は最初のオリエンテーションで、 

振り返りの際、次の三点について考えて欲しい。

  1.  その人にしてもらったこと

  2.  その人にして返したこと

  3.  その人に迷惑をかけたこと

ここでは、それ以外のことは考えなくてよろしい

 と懇々と指示される。理由は簡単で、我々人間は人にしてもらえなかったことで、不満と文句を言い、相手を責めることには慣れていて、日頃十分にやっている。だからここではそれを止めて、普段していないやり方を試みなさいという訳である。

 私は三島市にある沖ヨガ道場にひと月入門したとき、自分の身体が如何に左右のバランスを崩し、そのため筋肉や内臓にまで悪影響が出て、体調を崩していることを指摘され、沖導師から私に合った修正体操を教えて頂き、実践したことがある。普段使わない筋肉を使うのは大変苦痛で、やりづらかった。しかし人間の健康にとって大切なバランスを取り戻すには、今まで使わないできた筋肉を使うのが一番の早道であることをこの時体験した。だから内観で吉本先生から独特の反省法を指示されたとき、その意味をすぐ理解することが出来たのである。内観は心の崩れたバランスを取り戻すための修正体操と思えばいいのである。しかしそれを実践するとなると、話は別で、簡単に出来るものではなかった。

 例えば私は先ず父との関係を取り上げたが、幼稚園の頃の思い出を取り上げようにも35年以上も昔のことを今更思いだすことは容易ではなかった。しかし時間になると、吉本先生が廻ってこられて、やおら屏風の衝立を開けて、こちらに向かって正座したまま深々とお辞儀をされる。そして「ただ今の時間、あなたはどんなことお考え頂きましたか」と問われるのである。私も慌てて正座し、お辞儀を返して、「あまり記憶が甦らず、特に考えたことはありませんでした」と答えると、「では次の時間しっかりと振り返って下さい」と指示して、再び一礼をされて衝立を閉めて、去っていかれた。こういうやり取りが、一週間も朝から夜まで繰り返されるのだ。受講者も大変だが、多いときには十人もの受講者を相手に一日何回も訪ねて廻られる先生の方も、もっと大変だろうなと思ったものだ。

 最初、毎回衝立を開けて、深々とお辞儀をされるのにはかなり面食らった。指導を受けに来た者に対して、何故先生の方が頭を下げられるのかという思いがあったのだ。後で聞くと、内観をしようとする人間の中に潜在している「仏性」が輝き出ることを祈って礼拝されるのだとか。確かに、拝まれるという過分な応対を受け続けていると、自分が何かまともに反省らしいことが出来ずにいることが情けなくなってくるから不思議なものだ。そして狭い空間の中に閉じこもって、外からの刺激を遮断していることの効果もあるのか、次第に心が内へ内へ向かって行って、昔の忘れていた記憶が甦って来やすくなるのである。

 最初の日は何も変化はなかったが、確か二日目のことだったと思う。私は旧制中学の四年から旧制姫路高校へ入学し、但馬の親元をから離れて、姫路の寮に入ったのだが、その留守の間に鳥取大地震があった。震源地から近いので、実家も倒壊するかと思うほど激しく揺れたらしい。家にいるとき私は二階で寝ており、両親は下で寝ていた。激震で目を覚ました父は、寝ぼけ頭でよろけながら階段の下まで行き、大声で私の名を呼び「早く降りて来い!」と怒鳴っていたそうだ。母は私が居ないことを告げて、早く外に避難するように父を促し、裸足で外に逃げたのだという。

 この話は母からよく聞かされ、その時は笑い話で済んでいたのだが、その同じことが内観の振り返りの中で思い出したときは、笑い話では済まなかった。私は父を大人の男性として尊敬できなかった。人はいいが、教養も知性もない人間だと思って軽蔑していた。自ら真摯に生きて来たことから生まれる父性の輝きをその背中に感じたこともなかった。

 しかし内観で、地震の夜の父の姿を思い出したとき、私は突然崩れたのだ。あのような危機的状況の中で、自分が逃げ出すより先に、息子の私を助けようとした、その親心に私は打たれたのだ。日頃息子への関心など特に示さない父であったが、崩れ落ちんばかり揺れる地震の中で、階段の下まで駆け寄る父の姿には,まぎれもない子を思う親の愛があった。それが私の胸を直撃したのだ。私は泣いていた。涙が止まらなくなった。

 そして内観の指示に従って、父に対して私がして返したことは何か、と考えてみれば、反抗して、軽蔑したことしか思い浮かばなかった。父の畑仕事を戦時中よく手伝わされたが、自分から進んで手伝った記憶はなく、何時も嫌々仏頂面でやっていたに過ぎない。父にして返したことなど何もないのだ。

 その反対に、父に迷惑をかけたことは幾つも思い浮かんできた。その極め付きは、姫路高校一年のとき、学校から“ラブレター”(落第の警告通知)を貰った父がビックリして寮を訪ねてきた事件だ。中学4年で難関の高校に入れたことで、慢心した私が勉強をさぼって単位が取れそうにない低空飛行をしていたため、教務課から保護者に警告状が送られたのだ。父が飛んできた朝の十時頃、私は授業をさぼって寮の押し入れの中に引いた布団の中で寝ていたのだ。うだつの上がらぬサラリーマンとして稼ぐわずかな給料の中から出してくれている学費を無駄にして、何たる罰当たりな息子であったことか。そのことを思い出すと、私はまた激しく泣けてきた。

 して貰うばかりで何も返せていない自分、それどころか迷惑は掛けっぱなしの自分、そういう身勝手な自分の姿がこの父の思い出をきっかけにぞろぞろ出てきたのである。そして涙が止まらなくなった。この涙はブリージング・ワークの時の出所が分からぬ涙と違って、意味が極めてはっきりしていた。それは愛されていたことを思い知らされた感動の涙であり、申し訳なさや罪の自覚からくる慙愧の涙であり、そういう自分であるにもかかわらず許されていたことへの感謝の涙であった。涙の種類が微妙に異なるように、それらの涙の底にある感情も微妙に異なるもので、しかも内観によって発掘されなければ,それらの感情をおそらく私は味わうことなく終わっていたであろう

 それから後、私は母との関わりについて内観を進めたが、父とのことでチャンネルがついたせいか、私は衝立の中でずうっと泣きっぱなしであった。吉本先生はかなり深い内観と思われたようで、私の内観を録音テープに録音したいと言われた。恥ずかしかったが断れなかった。私も内観中、他の人の模範的内観のテープを聞かされ心を動かされたが、多分私のテープも他の人のお耳を汚したことだろう。

 一週間の集中内観が終わって、帰りの汽車の車窓から見る田園風景はすごく美しかった。天王寺駅に降りて、プラットホームを乗客の流れと共に歩いていると、自分の足取りがやけに軽く、周りの人々がとても近く親しいものに感じられるのだった。心は晴れ晴れと明るく、希望に満ちていた。心の中で「我」の突っ張りがなくなって、謙虚で柔和だが、何か人のため頑張って働きたい意欲が心に満ちてくるような塩梅であった。生きていることがすごく有難いことに思えたのである。この一週間で自分が生まれ変わった感じがした。ブリージングのとき感じた至福感が静的なものであるとすれば、内観の後のこの至福感は極めて動的なものであったと言えるだろう。私はそのどちらも忘れることが出来ない。

  しかし、このように結構深い集中内観体験をしたにもかかわらず、私は二度目の集中内観をしようとは思わなかった。ブリージングと同じように、はまりそうではまらなかったのである。その理由を考えてみて、結局これら二つのワークに共通する「強制」という要素に私が馴染めなかったからではないかと思っている。内観法には修正体操の持つ「強制」がある。しかし修正体操はそれを繰り返していると、今度はそれが強くなって別の偏りを生じ、またバランスを崩す元になりかねない危うさがある。そこまでしなくても、一度修正体操を覚えたのなら、自分で日常の中に取り入れて、適宜やれば済むことのように、私には思われたのである。

 私にはカウンセリングの中で、自分の取り組みたいことを、自分のやり方で自由に取り組む方が好ましい方法のように思えるのだ。人間の心は弁証法的に動くもので、最初は相手を恨んで、相手の非を責めている人でも、必ずどこかの時点で反転が起き、相手の良さが見えてきたり、また自分の方にも問題があったことが見えてきたりするものなのだ。私は普通のカウンセリングの中で、まるで内観法でもした場合のように、今まで責めていた相手に対する感謝と罪責感を語るCLと、幾度か出会ったことがある。急がず、無理強いせず、自由に、というやり方が私は好きなのである

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