カウンセリングについて考える(3)

(3)ブリージング・セラピーでの感情放出

 人間が生きる中で体験する感情が表出されずに残った場合、単に心の奥底に沈澱するだけでなく、どうやら身体の内臓や筋肉に貯蔵され、ストレスの素になるらしいことを示す印象的な体験を、私はかつてしたことがある。それは「トランスパーソナル心理学」でS.Grof(スタニスラフ・グロフ)が開発した“Briething Therapy”(呼吸セラピー)を吉福伸逸さんがファシリテーターとして行ったワークに参加したときのことだった。

 このワークをかいつまんで言うと、〈速くて、深い呼吸〉を床に寝た状態で行うわけだが、それはドラムのビートが聴いた高音のバックグラウンド・ミュージックと共に、腰を上下に動かしながら、「ハアー、ハアー」声を出しながら行うのである。ペアーを組んだ相棒は見守り役になり、ワークをしている相手がその呼吸を緩めた場合に、軽く肩を叩いて呼吸を続けるよう促すだけの役割を担う。さてこの呼吸を始めて10分くらいすると、手足に強いしびれがくる。これが過呼吸に伴う身体反応であることは、予め説明を受けており、これで慌てて深くて速い呼吸を中断せずに続けていると、すぐにしびれは消えることを聞いているので、その指示通りにやっていると、確かにしびれは取れた。

 そして今度は何か胸の奥か、それとも内臓の中からか、いずれとも判別しかねる辺りから「クックッ」と何やらこみ上げてくるものがある。それが嗚咽の始まりだった。気が付くと、私は泣いていた。それは意志の力では止めようのない感情の噴出だった。私は自分の泣き声が号泣に変わって行くのを知っていたが、制御出来ない激しい悲しみに圧倒されて、転げまわって泣いた。何を悲しんでいるのか、何故悲しいのかは全く分からなかった。悲しみを引き起こした過去の具体的な場面は全く浮かんでこず、ただ悲しみの感情だけが大きな渦巻となって、その中で私は錐もみになっていたのだ。

 そんな状態が20分くらい続いたろうか。ようやくその渦巻の勢いが収まり私がホッとしていると、相棒がトントンと優しく私の肩を叩いた。私は自分が例の呼吸を忘れているのに気付いて、再び深くて速い呼吸に戻る。すると何分ぐらい経ったのかは分からぬが、今度は腹部の奥からまた「クックッ」とこみ上げてくるものがある。「今度は何か?」と伺っていると、それは段々形を取って、笑いが腹からこみ上げてくるのだと分かった。  そして私はいつの間にか声をあげて笑い出したのである!「これは一体何ということか」と思ったが、既に私は文字通り笑い転げていたのである。先ほどの悲しみと同じく、意志の力ではどうにも止めようがなかったし、過去のどの場面でそんなに可笑しかったのかも、全く分からなかった。だがこの笑いの状態も20分くらい経つと収まってきた。(見守っていてくれた相棒に後で確認したら、彼女もそれくらいの時間経過であったと同意してくれた。)

 私はもうこの頃にはかなり力を出し切って疲れていたので、また例の呼吸を忘れかけていたが、催促の肩叩きに促されて、呼吸を再開したのだが、今度は余り間を置かず次の段階に突入した。というのは、内臓が、胃も腸も、細かく震動し始めたからである。内臓が細かく震えるなどということは、普通は起きないものだ。しかしその時私は、内臓がブルブルと微細なバイブレイションを引き起こしていることを、はっきりと感じ取ったのである。それは不快感ではなかったが、馴染みのない異様な感覚であった。そしてこれも10分くらいで収まった。その頃、ワークを始めて一時間半位は経っていたであろうか。

 私はもう力尽きた感じで例の呼吸もしなかったし、相棒も無理に催促しようとはしなかった。その時である。私は急に心身が脱落して、自分の存在の境界が消えて、世界と融合した感覚を覚え、それと同時に得も言われぬ至福感に包まれていたのである!周りの世界と一体化しているとはいえ、私は何か周りの具体的な事物を意識していたわけではない。また自分が完全に消えてしまったわけでもなかった。自己意識は間違いなくあったのだ。しかし何とも不思議な満ち足りた静謐な感覚だった。私はそれまでの、またその後の人生で、あのように満ち足りた至福感を味わったことはない。何時までもこの至福感に浸っていたいと思ったのをはっきりと覚えている。

 気が付くと私は自分が呼吸をしていないことに気が付いた。しかしそのことで驚きも慌てもしなかった。何しろ何の苦痛もなかったのだから。そのうちゆっくり一呼吸する自分に気が付いた。時間や場所の感覚を含んだ見当識は失われていなかったので、大分経って――後で聞くとやはり10分くらい経っていたらしい――もうそろそろ起きないと相方にも悪い気がして、私はゆっくり目を開いたのだ。相方が「どうですか、大丈夫ですか?」と声をかけてくれ、私はそろそろと身体を起こし私のワークは終わった。

  このブリージング・セラピーでの体験は、人間存在の謎を私に突きつけるものとして、その後何度も「あの時自分は一体何を体験したのだろう?」という問いかけを繰り返すこととなった。今でも明確な答えは見つかっていない。ただ何となく分かってきたのは、あの時体験した至福感が「エクスタシー」と呼ばれるもので、自我境界が薄らいで自我が外に出て、周りの世界と融合した全一状態〈全体にして一なる状態〉から生まれた体験ではなかったかということだ。そして全一的な存在状態があのように満ち足りた至福感をもたらすということは、人間が「個体」としてこの世に出現する前には、そのような全体性の中で存在していたからではないかという連想を呼び覚ましたのである。人間はこの人生においても、深い所で、そんな本来の全体性を獲得しようとしているのかも知れない。そうとでも考えるより説明がつかない気がしたのである。

 そしてそのような脱我的な全一状態をもたらしたものが、心の中に、いや身体の内臓の中に、溜め込んでいた悲しみと笑いをすっかり外に表出させた、ブリージン・ワークの除反応であったことは間違いないであろう。しかし深くて速いあの独特の呼吸法が、何故あのように強烈な除反応を引き起こすのかは、未だに謎である。

 そしてあの感情放出には、先に指摘した誰かに話しを聴いてもらうという形を取らずに、自動的に行われたかに見えるけれども、よく考えてみれば、やはりファシリテーターがおり、ペアを組んだ相棒の見守りと受け取りの中で行われたのであって、ワークをしていた私はそれをちゃんと意識していたと思うのである。だから、このワークを誰もいない部屋で一人でやれるかと言えば、それは絶対無理であろう。一人でやるには危険なワークなのである。

 それはさて置き、私があの時吐き出した悲しみと笑いは、それまでの40年以上にわたる私の人生体験の総体であったことは確かである。よく「泣き笑いの人生」と我々は言うが誠にうまく言ったものだと思う。私は自分が体験した悲しみと笑いを十分に味わい切れずに、溜め込んでいたのだと思う。それがストレスの素でもあったのだ。

 人間には体験はしたが、十分に消化し切れずに溜まっている感情というものがあるらしい。私がそれまでどことなく鬱々として生きることを楽しめなかったのは、人生の結晶であるこのような悲しみと笑いを、本当に自分のものとして十分に味わい切れずに溜め込んでいたからではなかったか。あの「呼吸法セラピー」のワークはそれらを引き出し再体験させることによって、私の人生をリセットし、新たな人生を再スタートさせたような気がするのである。あの後私は人から「なんだか雰囲気が変わりましたね」とよく言われたし、自分でも何故か心が軽くなったことに気付いていた。

  およそ一年後にもう一度この呼吸セラピーのワークショップに参加して同じワークを試みたときは、決してマイナス経験ではなかったが、最初の時のような至福感も感情の放出も起こらなかった。そして、他の参加者の中にこのワークによって、混乱状態に陥り、元に戻るのに時間がかかった参加者がいたのを、この目で見たし、後の噂で聞きもしたのである。私の場合、最初の時は、たまたまタイミングがよく、ある程度の自我の強さがあったお蔭で、このやり方は大きな効果をもたらしたけれども、自我の弱い人やサイコテクな人にとっては、この劇的なやり方は混乱状態を引き起こしてしまうだけであることを知ったのである。呼吸セラピーは危険な劇薬のようなものであると、改めて感じないわけには行かなかった。

 だから私はこのワークのような技法を用いることは絶対に避け、カウンセリングの道を改めて選び直したのである。自分の気持ちや感情を受け止めてもらう相手がいないため感情を溜め込んで苦しんでいる人たちに、カウンセリングの対話の中で、受容と共感という穏やかな方法によって対応し続ける道を選んだのだ。

 そして序ながら言うと、あのワークで私が気付いたもう一つのことは、私たちが十分に味わい、かつ表出できないでいる感情の貯留場所は心の奥と言うよりは、身体、それも筋肉や内臓ではないかということだ。あのワークでこみ上げてきた悲しみは胸の奥から、しかも笑いは腹の底からこみ上げて来たというのが、私の実感なのである。このように消化しきれず内臓や筋肉に溜め込まれてしまった感情が、心身両面での健康上の負荷となるであろうことは想像に難くないのである。感情の吐瀉の後に続いた内臓のバイブレイションは、内臓筋肉に溜まっていた負荷を除去するための除反応であった可能性が極めて高いと思っている。

Copyright(c) Mental Care Tennoji All Rights Reserved.